この話をするのはずいぶん迷いましたが・・・
本当にお恥ずかしい話なので、この話をするのをずいぶん迷いましたが、あなたとどうしても信頼関係を築きたいので、格好つけずに思い切ってすべてをお話します。
申し遅れました。東京都内で、パチンコ・スロット店の経営コンサルタント会社を営む (有)マジカルエッグ代表の高山昌之と申します。
話は8年ほど前、私が会社を創立する少し前までさかのぼります。
実は、この会社を創立する前は、全国でも屈指の経営内容を誇り首都圏にパチンコ・スロット店をチェーン展開する会社に所属していました。 多くの部下を抱え、複数の店舗を統括する立場にありました。 当時の業界はスロット4号機全盛を迎える前でしたが、店舗は大型化、新台の最速・大量導入などを戦略の柱としてまだ活況を呈している時代でした。
当然、担当店舗は業績が良く、社内でも肩で風を切って歩く自分がいました。 釘の技術もある、イベントのアイデア力もあるなど、どんな店でも数字は上げられると思っていました。自分は業界の役に立てると。
ですから、元来、独立志向の強かった私は、退職の意思表示をしてから一年半の時間をかけて、自由という海を求めてその会社を飛び出しました。 そして、優秀な部下数名も私に付いてきてくれたのです。 創業当初は大手パチンコチェーン会社の出身でなおかつ要職にあった背景もあり紹介などで、中小のパチンコ店オーナーからコンサルタントの仕事が舞い込み、順調に経営者としてスタートを切ったかのように思っていました。
しかし、なぜか、あれほど自信のあった私の手法がクライアントの店ではほとんど通用しないのです。
しかも、オーナーがそのテクニックを使用することすら理解を示してくれないことも多かったのです。違法なことをするわけでもなく市場を分析した上での手法なのに。 そんな創立から2年くらいたったある日・・・・
「数字が上がらないので、契約を解除します。」
オーナーから問答無用の一言。
なぜ? ガーン、ショック・・・ 血も涙もない宣告でした、私は「数字が上がらないのはこっちの言うことをきかないからだろう。」そんなことを心で怒りながら叫んでいました。 正直、生まれて初めて「クビ」ということを経験しました。しかも社長という立場で。
さらに、ショックな出来事が続きます。
実は、その時期に痛すぎる言葉を浴びたのは一人のオーナーだけではありませんでした。
なんと、立て続けに5軒もの契約解除通告があったのです。
当時、店長派遣型、イベント提案型のコンサルティングを採用していたので、クライアントがいなくなるということは担当している弊社の社員の給料が払えなくなるということで、たちまち会社は経営危機に陥ってしまいました。
なぜ、こんな風になってしまったのだろう・・・
本当に、心の病にかかる一歩手前だったと思います。 財政的理由もありますが、オーナーの信頼を勝ち取れなかった自分のコンサルティング手法と自分の人間的至らなさが原因だと思うと自分の心の負担をより大きくしました。
事実、経営者として、いや、それ以前に信頼できる人として認めてもらえていないのです。それまでの私は、自分は正しいことをやっている、それに耳を傾けないそちらが悪いと自分方向からしか物事を見ていなかったのです。先方の立場というものや先方の欲しいものを理解できていなかったのです。
ようやくこの状況になって、自分の会社が選ばれない理由にやっと気がついたのです。 自分は業界の役に立てるなんてよく言えたものです。とんだ甘えん坊経営者でした。
でも、現実的に部下はいます。このまま引き下がるわけにはいかない。心の病を跳ね除けるくらいの意地がありました。
ですから、冷静に自社の財政経理というものを洗い直し具体的改善策を立てました。
つまり、社員の人件費や事務所の家賃など一般経費については、中古書類や新台、中古機の販売、台の設置作業などで賄い、コンサルティングについては私と個人的信頼関係のあるところのみ私だけが担当するという風に変えました。
一方で、わずかばかりの資金を元手に異業種にも参入を試みるなど、とにかくなりふり構わず手当たり次第に動きました。ジッとしていても毎月の固定費は発生するので背水の陣で取り組みました。「金、金、金・・・」のマインドで。
しかし、下手に異業種に手を広げたツケでしょうか、理念というものが会社から消えていたのでしょう。
なにより、自分自身があれも儲かりそうだ、これも儲かりそうだというマインドですから、方針や行動指針にブレがあり、きちんと集中し業を深く掘り下げるということができていませんでした。
例えるなら、ある一冊の本を第三章くらいまで読み、わかった気になり最後まで読まず、また、興味をもった新しいジャンルの全く違う他の本をまた第三章くらいまで読むようなことを繰り返していたのです。
ですから、しばらくすると社内の統制もとれなくなり、前職から付いてきてくれた社員の中からも「お金」を最大の理由に去っていく者が現れました。
本当に、悔しくて、情けなくて、さすがに落ち込みました。自分は経営能力がないなと。
そんなある夜のこと、「社長、大丈夫です。前に進みましょう。」
弊社の常務が、私にそんな言葉をかけてくれたのです。立場的にも悔しさや情けなさは表面には絶対に出さないと決意していましたし、事実、出してはいなかったと思うのですが、ずっとそばにいる彼には私の心が見えていたのでしょう。
正直、部下に勇気づけられました。心の暗雲が晴れていくというか、なんか光を見る想いがしました。
新たなエネルギーをもらった私は、心や脳をリセットし経営にあたりました。又、友人や知り合いの応援もあり、経営は再び組織的にも安定を見せ始めました。パチンコ・スロット業界に4号機に混じり5号機が登場した頃の話です。
しかし、コンサルタントとして自分の会社が選ばれる理由を得るために、モチベーションやマインドなど自己啓発、大脳生理学、心理学、ファイナンス、不動産などに至るまで様々な研修・セミナーというものに年間数百万円単位の自己投資を続けていましたが、業界の役に立てる独自のコンサルティングを産み出せないままでした。
それを産み出せないということは、かつて味わったコンサルティングにおける結果についての悔しさと情けなさは私の心から消えることはなく、それに加え、私がコンサルティングをしている会社や店への貢献度を考える時、自分のコンサルティングの独自性のなさに悶々とする日々を過ごしていました。
そんな私に、またもや試練が待ち受けていました。
遊技機の取引金額や件数などからも、パチンコ業界の不景気は肌で感じていましたし、パチンコ業界に入る前は外食産業に身を置き、自営の経験もあったので、会社の強化を図るために友人の力強い協力もあり、多額の投資をしてスープカレー店の直営に乗り出しました。(開店した詳しいいきさつは(http://www.cahaya.co.jp)をご覧ください。)
実は、このスープカレー店も現在のように多くのお客様にご来店いただけるようになるまでに本当に苦労しました。
開店当初は一日の客数が一桁なんてこともザラで、自分のツキのなさを呪ったりもしました。また、ダメなのか・・・そんな言葉が頭をよぎり眠れない日々。
しかし、親友の熱い応援と失敗から学ぶということを少し知っていた自分は再び立ち上がることができました。
そして、「集客」ということをテーマにして、素直に勉強することを選択しそれに集中しました。
今度は、一冊の本を最終章、あとがきまで読み切る気持ちで。
生まれてこの方、こんなに勉強したことは記憶にないくらい勉強をしました。
本も目標を明確にして読みまくりましたし、それまでの自己投資に加え、講演、高額の合宿セミナーなど出まくりました。
もちろん、座学だけではなく、同業の店やその道のプロと言われる人を訪問して現場レベルでのレクチャーなども受けました。月末には支払いがあるので期限をつけての行動です。 崖っ淵の私は、学んだことをすぐに自分の店仕様に置き換え、導入しました。
すると、どうでしょう。わずか一ヶ月強で前月比145.5%の売上を叩き出したのです。
本当に、店のスタッフや会社のスタッフが目を丸くするくらいに。
たった、ひとつのメッセージをきっかけに。
まさに、自分たちで売上と客数をコントロールしたのです。
事実、立地も商圏も変わってないですし、もちろん、設備的にも商品の味も価格も質も量も変えていないのです。本当にひとつのメッセージからそれは実現したのです。
これって、パチンコ・スロット営業にも使えることだ・・・
そうです。スープカレー店を営み始めたとはいえ、パチンコ・スロット経営コンサルティングに悶々としていた私にはピンときました。
そうなると、居ても立ってもいられず、すぐに、パチンコ・スロット経営コンサルティングバージョンの策定に取りかかりました。
どういう切り口で取りかかったかと言うと、パチンコ・スロット店とスープカレー店では、販売するものも手法なども業種はあまりにも違います。
しかし、店舗を構えてビジネスをするという業態的な切り口で見れば、「集客」が一番のポイントであるということは同じです。
私は、スープカレー店で最初はもっとおいしい味だとか、良い接客だとか、値段や原価率などの「改善」にエネルギーを注いでいました、もちろんそれは大切なことですが、「改善」では計測できず、いつ、どういう売上になるかわからず、店を開けていても売上や利益など現実的不安は解消されませんでした。
ですが、改善スキルと集客スキルを切り離して学び行動することで、不安を解消し、現実を変えることができたのです。
そこで、私はまだ駆け出しのパチンコ店店長だった頃を振り返ってみました。 確かに、不安な気持ちになった記憶がありました。やる気満々な私は、スタッフの教育も熱心に取り組みました。釘や設定の技術も懸命に学びました。
でも、毎月の目標数字にこれで行くのだろうかという不安感をもったことがあります。 当時は目標数字にいかなくても、毎月のサラリーはもらえていましたし、時が過ぎると忘れてしまっていましたが、記憶を辿ると、売上が上がり安心感があった時は、会社にお願いして新しい遊技機を購入し設置した時だけといっても過言ではありませんでした。 その安心感も、10数年前であっても一つの機種で、そう何ヶ月も長く続いた記憶はほとんどありません。
つまり、業界は表面的な部分は大きく変わったけれど、営業をするにおいての視点はあまり変化していないように感じてしまいます。
ようするに、台を稼動させることばかりにフォーカスし、出玉配分や交換率、貸し玉料金などにメスを入れてもそれだけでは繁盛店としての条件を満たすことにはなりません。 仮に、集客のために新台入替やイベントをやっていたとしても、営業をするにおいてほとんど台データを元にコントロールしようとしているのですから同じことです。 なにも、台データが必要ではないと言っているのではありません。それは必要です。 それプラス他に、活用するデータとスキルがあるということに気がついたということです。
事実、私はこの気づきを、長年に渡りこんな私を見捨てずにずっと現在もお付き合いくださるクライアントに対してシェアしました。導入後3ヶ月もしたころ・・・ 新台の購入予算や経費は前年と変わらない状態で、ずっと前年割れの状態であったお店がこの時勢に売上が前年比102.1%の伸びを見せ、粗利益は前年比101.3%、営業利益も前年比100.9%という実績を残すことができました。
つまり、この数値でわかるように、余分な台を購入せず、ムダな玉を出さずに集客ができるということを実証できたのです。
しかし、それでいい気になっているわけではありません。
これをもっとブラッシュアップし、あなたにとって長期的、継続的に役に立てるようにするために、ノウハウ、テクニック、スキルアップをより深く体系化していくと共に、5年前の教訓を活かし概念もきちんと伝えられるように、私自身が人間的にも成長し日々進化していかなければならないということは言うまでもありません。
最後に・・・
7年前、自分の実績は会社の資本やブランドの上でのパフォーマンスだったことも気づかず飛び出し、人間的にも能力的にも未熟だった私がここまでやってこられたのも、家族やそれ以上に支えてくれた部下、友人、仲間、取り引き先一人一人の方のおかげです。
もちろん、私にクビを宣告してくれたクライアントのお一人お一人にもあの時のあの言葉がなければ、私はずっと気づきがなく成長できなかったと思うと今は感謝の気持ちでいっぱいです。
それから、もっとさかのぼること16年前、右も左もわからないパチンコ・スロット業界に飛び込んだ私を、指導し育ててくれた前職の会社の経営者・上司・先輩・同僚・部下の方にも本当に感謝しています。
そして、この7年という時間は、商売とは「相手良し、世間良し、自分良し」という近江商人の言葉をしみじみと感じた歳月であり、「成功の反対は失敗にあらず、成功の反対は諦めることだ」と知った時間でもありました。
あなたは、「集客」という問題で困ったことはありませんか? その概念とスキルを手にすることによって、不安感にさいなまれたどんよりとした生活からワクワクとした楽しい生活と人生を取り戻すことができると思います。
有限会社マジカルエッグ代表取締役
遊技機と出玉に頼らず店をパンパンにするマーケター
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